理系の「研究・学び」最前線

AI(人工知能)や自動運転技術が身近なものになり、世界は大きく変わろうとしています。一方で、世界的なエネルギー不足、気候変動など地球を取り巻く環境は、多くの課題を抱えています。社会課題の解決のため、いま理系の「研究・学び」に注目が集まっています。全国の大学で進められている研究・学びの最前線をレポートします。

社会のさまざまな課題の
解決をめざす「Society 5.0」

世界を取り巻く環境は、いま大きな変革期にあります。経済発展が進み、人々の暮らしは便利で豊かになりました。一方で、世界的にエネルギーや食料の需要が増加し、このままでは供給が追いつかない可能性も出ています。また、地球温暖化に代表される気候変動の影響も甚大で、化石燃料に頼らない「カーボンニュートラル」へのシフトも求められています。

日本に目を向けると大きな課題となっているのが、社会の少子高齢化です。労働人口も減少傾向にあり、AIやロボットを使った業務の効率化に注目が集まります。また、高齢者が増えたことで、ますます医療分野への関心も高まっています。スマートフォンなどのデバイスで健康に関するデータを取得し、予防医療に役立てる研究なども盛んに行われています。

そこで日本政府は、「エネルギー」「環境」「食料」「医療」など、社会のさまざまな課題を解決するために、「Society 5.0」というビジョンを打ち出しています。これは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会(Society)のこと。狩猟社会(Society 1.0)から農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、日本の未来社会の姿として提唱されています。

では、仮想空間と現実空間を高度に融合させたシステムによって実現される社会とはどのようなものでしょうか。それは、IoT(Internet of Things)によって、すべての人とモノがインターネットでつながり、さまざまな知識や情報が共有される社会です。

皆さんはすでに、手元のスマートフォンからさまざまな情報に自由にアクセスできる社会を生きています。この仕組みによって、新たな価値を生み出し、社会の課題を解決するのが「Society 5.0」なのです。具体的には、AIによって必要な情報が瞬時に手元に集まるようになり、医療ロボットや自動運転車などの先端技術が高齢者の健康管理や介護の課題も解決していくでしょう。また、コロナ禍で一気に普及したオンライン会議システムのように、仮想空間でコミュニケーションを楽しみ、仕事までこなしてしまう人も増えているといいます。

理系の学びは、政府がめざす「Society 5.0」を実現し、社会のさまざまな課題を解決するために不可欠のものです。最近メディアでよく目にするSDGs(持続可能な開発目標)のゴール達成にも理系の学びは大いに役立つでしょう。ここでは理系のなかでも、とくに理工系分野の大学・学部で学べる最新の注目研究分野を紹介していきます。
参考先:内閣府資料(https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/)

データを駆使して社会を変革する
「AI・データサイエンス」分野

世界が注目する先端研究として、筆頭にあがるのはやはり「AI・データサイエンス」分野の研究でしょう。

まず、AIとは、Artificial Intelligenceの略で、人工的な知能を意味します。AIの定義は研究者によってさまざまですが、「人工的につくられた知能を持つ実体、およびそれを実現するための技術」といった解釈が一般的です。AI研究は、主にコンピュータ・サイエンスの領域で、プログラミングなどの高度な知識が求められます。その他、「人間を知る」という研究の特性上、認知科学、脳科学、心理学などの知識も求められます。

AI研究と一口にいっても分野は多様で、アルゴリズム開発、パターン認識、画像認識、音声認識、自然言語処理など多岐に渡ります。なかでも近年注目を集めるのが「機械学習」です。これは、コンピュータが与えられた大量のデータを自動で学習し、ルールやパターンを認識していく方法のこと。話題のディープラーニング(深層学習)も機械学習の手法のひとつです。こちらは、人間が提示した指針がなくてもコンピュータが自ら多くのデータから共通のルールやパターンなどの特徴を見いだし、分類し、学習していく技術になります。

AI技術は、私たちの生活のさまざまな場面ですでに利用されています。例えば、スマートフォンに搭載されたGoogleに代表される検索機能。これは、インターネット上の膨大なデータをAIが隈なくチェックして、瞬時にユーザーが必要な情報を選択し、表示させるシステムになります。同じく自動翻訳機能でもAIが活躍しています。ここでは、先ほど紹介したディープラーニングによって、コンピュータがインターネット上の大量の会話データを自動で学習し、自ら翻訳の精度を上げていったといわれています。

AI研究は、多くの場合、「データサイエンス」とセットで語られます。データサイエンスとは、直訳すると「情報」を「科学」する学問。膨大なデータから社会やビジネスで役立つ「価値」を見いだす研究分野です。AI研究もデータサイエンス研究の1分野と考えていいでしょう。

AI・データサイエンス分野の研究は、いまや文理の壁を超え、世のなかのさまざまな領域に広がっています。例えば、世界中で注目を集める自動運転技術は、まさにデータサイエンスの研究成果が結集しています。自動運転車は、膨大な地図情報にアクセスし、その時間帯にA地点からB地点にたどり着くためには、どのルートが最適かを瞬時に割り出します。さらに、車体のあらゆる面に取りつけられたセンサーが常に周囲の情報を集めて分析し、衝突などの危険からドライバーを守ってくれます。

コロナ禍においては、新型コロナウイルス感染症がどの時期にどれくらい増加するかという予測をAIが担いました。さらに渋谷のような繁華街にどれだけの人が集まるかという「人流予測」にもAI・データサイエンスの知見が活用されています。

最近は、病気の治療薬やワクチンの開発にもAI・データサイエンスの技術が欠かせません。例えば、最新のウイルスに対して、どの化合物が薬効を示すかを調べるには、膨大な組み合わせを試す必要があります。そこで、最近はAIを使って、コンピュータ上のシミュレーションで目的に合致する化合物を探索するのが一般的になりました。

医療だけでなく、介護の分野でもAI・データサイエンスの活用が期待されています。本サイトに掲載されている福岡工業大学情報工学部の馬場謙介教授の研究室では、福岡県内の自治体と共同で、データサイエンスを駆使して、市民の将来の要介護度を予測する研究に取り組んでいます。さらに、「高齢者向け俳句チャットボットの開発」などユニークなAI活用にも挑戦しています。
AI・データサイエンス分野の注目領域

最近は理工系学部で
ビジネスを学ぶ選択肢も

AI・データサイエンスの手法は、経済学や経営学の分野でも注目されています。皆さんもインターネットのフリマサイトなどでショッピングをする際、「こちらもおすすめ」とあなた好みの商品を表示される機会があるのではないでしょうか。これは、AIがあなたの購入履歴を学習し、同じ傾向のユーザーが購入している商品を表示しているのです。その他、為替相場や株式、物価、トレンドなどの予測にもAI・データサイエンスの手法が活用されています。

さらに、物流やビジネスの業務効率化にもデータサイエンスが活用されています。最近は、DX(デジタルトランスフォーメーション)と呼ばれ、多くの企業が注目しています。その影響を受け、理工系の学部に経済・経営系の学科を持つ大学も増えているほど。文系学部を考えている人は、理工系学部で、経済学や経営学を学ぶという選択肢もあることを知っておくといいでしょう。

AI・データサイエンスというと、複雑なプログラミングなどの知識が必要と思われがちですが、最近は、文系の大学にもAIやデータサイエンスの名称を冠した学部・学科が続々と誕生しています。初心者でも活用できるいわゆる「ノーコード」のプログラミングツールも増えてきて、文系・理系の壁は、ますますなくなって来ているのを感じます。
環境・エネルギー分野の注目領域

地球にやさしい社会をつくる
「環境・エネルギー」分野

次に、AI・データサイエンス以外の注目分野を見ていきましょう。世界が直面する課題に直結する研究分野として、「環境・エネルギー」分野は外せません。テーマは、「気候変動」「生物多様性」「環境保全」「カーボンニュートラル」「再生可能エネルギー」など実にさまざまです。少しずつ説明しましょう。まず、皆さんにとって最も身近なものは「気候変動」でしょう。近年、日本でも自然災害が増加傾向にあり、その背景に、地球レベルで進んでいる気候変動を指摘する声が数多くあります。気候変動の代表格は、地球温暖化です。これにより南極などの氷が溶け、海面上昇が起これば、深刻な被害が予測されます。

地球温暖化の主な原因は、産業革命以降の工業化によるCO2(二酸化炭素)排出によるところが大きいというのが世界的な共通認識です。そこで注目されるのが、「カーボンニュートラル」です。これは、CO2をはじめとする温室効果ガスの排出を、全体としてゼロにすること。温室効果ガスの「排出量」から、植林や森林管理などによる「吸収量」と、温室効果ガスを他の気体から分離して地中深くに貯留・圧入する「除去量」を差し引いて、正味で排出ゼロをめざすことを意味します。現在、全国の理工学系大学・学部では、「カーボンニュートラル」を目的としたさまざまな研究が進められています。例えば、排気ガスを出さないEV(電気自動車)や水素自動車の開発などもこれにあたります。

「カーボンニュートラル」をめざす上で、不可欠なのは地球にやさしいエネルギーの確保です。日本では、現在も石炭や天然ガスを使った火力発電が主流です。それに代わるものとして期待されるのが「再生可能エネルギー」です。これは、太陽光発電、風力発電、水力発電など、自然を利用したエネルギー開発のこと。常に自然にあるものなので、枯渇しない、CO2を排出しないというメリットがあります。まだまだコストの面で課題がありますが、各大学の熱心な研究により、活用の道が拓けつつあります。環境保全に関心がある人は、エネルギーの面から地球を支える道を模索してみるのもいいでしょう。

医療やスポーツにも広がる
「ライフサイエンス」分野

もうひとつ話題の分野といえば、「ライフサイエンス」です。日本語では、「生命科学」と呼ばれる分野で、生物学や生化学だけでなく、医学、スポーツ科学、経済学、社会学などにも広がる学際的な研究分野です。

ライフサイエンス分野で注目されるのが、「バイオテクノロジー」です。これは生物学と工学が融合した研究分野。植物の遺伝子組み換えから、創薬の基礎研究、人工臓器の開発までさまざまなテーマに挑戦できます。2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授(京都大学iPS細胞研究所名誉所長)が開発したiPS細胞の研究などもこの分野にあたります。

「バイオインフォマティクス」と呼ばれる分野も各大学の研究競争が活発です。これは、DNAやRNA、タンパク質をはじめとする生物が持つさまざまな「情報」を、AIなどを使って解析し、生命現象の背後に潜む謎に迫る分野。バイオテクノロジーとデータサイエンスが融合した注目分野だといえます。

最近は、スポーツ科学の分野でもバイオインフォマティクスは大活躍中です。効率的なトレーニングや疲労回復のメカニズムを解析する際に、データの活用は欠かせません。なかでもユニークな研究としては、本サイト掲載の早稲田大学スポーツ科学部の秋本崇之教授の研究室では、運動が健康につながるメカニズムの分子レベルでの解明に挑んでいます。

もうひとつ「バイオマテリアル」の研究領域も要チェックです。これは、「生体材料」と呼ばれる人工骨や人工関節、人工歯などを開発する研究分野です。医療の発展とともに応用できる範囲も広がっているようです。これらの分野が気になる人は、「バイオ」や「応用生物」と名がつく学部・学科の研究室を調べてみましょう。

今回紹介した「AI・データサイエンス」「環境・エネルギー」「ライフサイエンス」の分野以外にも注目の研究分野はたくさんあります。例えば、5G通信の社会を支えるのに不可欠な半導体デバイス開発に関わる研究分野、「グリーンケミストリー」と呼ばれる地球にやさしい化学研究の分野など、数えきれません。ぜひ志望大学のオープンキャンパスなどに訪れて、興味ある研究に触れてみてください。
ライフサイエンス分野の注目領域