Environment Sciences, School of Human Sciences, Waseda University
タンパク質の進化の歴史を明らかにし、
持続可能な社会に適した「酵素」を創出
「酵素」と聞くと、どんなものを思い浮かべるでしょうか。食べたものの消化をよくするもの? 免疫力を高めてくれるもの? どちらも深い関係があります。酵素とは、生体内外で起こる化学反応の触媒となる分子(主にタンパク質)のこと。人間の体の場合、消化や吸収、代謝、排泄といった過程において、その働きに酵素は欠かせないものです。また、化学反応の反応速度を速める酵素の便利な性質は、発酵による食品製造や医薬品合成といった工業プロセスでも利用されています。
早稲田大学人間科学部の赤沼哲史教授は、酵素の安定性の改善や有用な酵素の創出に取り組んでいます。現存する酵素が持たない性質も、過去の生物が持っていた酵素を復元することで創出可能だといいます。
赤沼教授が向かうのは「未来」であると同時に「過去」。過去に起きた事実を明らかにすることで、未知の未来に応用することができるのではないか──。そうした理念と、酵素およびタンパク質の研究は、約40億年前の「生命誕生の謎」にまで迫っていきました。酵素工学と生命の起源に関する研究。この両軸から持続可能な社会に貢献する赤沼教授にお話を伺いました。
35億年以上前の祖先生物が持っていた酵素を復元
私の研究対象は、生体触媒である「酵素」です。工業プロセスでよく用いられる無機触媒と比較して、酵素が優れている点は多くあります。そのひとつは、ある一種類の酵素は、特定の分子の特定の反応にしか関与しないこと。例えば、デンプンをブドウ糖に分解するアミラーゼという酵素は、デンプン以外の物質には作用しません。優秀な分子認識が可能で、100%正確な化学反応を促進できるのです。それゆえ無駄がなく、環境に優しい物質であるため、持続可能な開発目標(SDGs)の達成にも最適だと期待を寄せています。
しかし、実際に必要とされる性質を備えた酵素が、常に自然界から見つかるわけではありません。天然酵素が持たない性質を持つような酵素の創出が望まれることも多くあります。私たちの研究室では、過去に存在し、現在は消失した酵素を復元することで、産業的・工業的に有用な酵素をつくり出す研究を行っています。現在の科学技術では、過去の生物そのものを蘇らせることはできません。ただ、過去の生物が持っていた遺伝子やタンパク質を復元することは可能になりつつあるのです。研究の過程で私たちにとってよい知らせとなったのは、「35億年以上前の祖先生物は高温環境に生息していた」と推定されたことです。現存する酵素は、過度に高温や低温の環境下では失活してしまいます。それに対して、復元酵素には耐熱性があります。こうした成果を積み重ねながら、どのような環境でも活用できる、酵素の安定性の改善や高活性化に取り組んでいます。
原始地球にまで遡り、生命の起源を明らかにする
タンパク質の進化の歴史を明らかにすることで、祖先生物の酵素の復元に成功しました。地球生物が共通して持つタンパク質の起源は、生命の起源とも密接に関わっています。そのため、酵素とタンパク質の研究の延長で、地球最古の生物の姿や現在に至るまでの進化の歴史すらも明らかにしたいと興味がおよび、こちらの研究にも力を入れています。研究の足がかりとなるのは、地球生物が持つタンパク質のほとんどが、「20種類のアミノ酸」によって構成されていること。一方で、宇宙や原始地球には、その20種類のアミノ酸のうち半数程度しか存在しなかったと考えられています。つまり、地球上に生命が誕生したとき、現在とは異なるアミノ酸でタンパク質は構成されていたということです。そうした事実から、宇宙や原始地球に存在したと推定されるアミノ酸の種類のみでタンパク質が合成できるかを検討しています。
研究室名にある「極限環境生命科学」とは、生命が生存できる極限を知るための学問です。なぜ地球で生命が誕生し、なぜ地球は生命が繁栄する惑星になれたのか、地球以外ではどのような環境の惑星になら生命が存在できるのか──。酵素やタンパク質を手がかりに、生命が生存可能なぎりぎりの環境を明らかにすることで、この果てしない宇宙の疑問を解き明かしたいと考えています。






