Department of Food and Life Sciences, Toyo University
生命の進化の謎を解き明かすため
糖鎖の構造を網羅的に解析
糖質は、大きく3つに大別されます。1つ目は、栄養源・エネルギー源としての糖、2つ目は、セルロースのような支持体としての多糖類、そして3つ目が、生命の情報分子の1つである「糖鎖」です。糖鎖は、DNAやタンパク質と並ぶ「第3の生命の鎖」として10年ほど前から注目を集めています。
糖鎖は単糖が数個から数十個つながったもので、糖鎖という形をとることによって、細胞同士のさまざまな情報伝達に利用されています。具体的には、血液型、がんの転移、インフルエンザウィルスの感染、タンパク質機能の構造安定化や輸送などにも関与しています。糖鎖はあらゆる生物種の体内にあり、生体内で重要な役割を担っています。
糖質生命機能科学研究室を率いる宮西伸光教授は、「糖鎖と生命の関わりを調べれば、生命の起源と進化の過程が見えてくる」といいます。では、糖鎖をどのように研究することで、生命の進化の謎がわかるのでしょうか。「糖の本質を研究している」という宮西教授に、その研究手法と現在の研究内容についてお話を伺いました。
糖鎖の網羅解析で、進化の過程を明らかに
私が今、一番興味があるのは「糖の進化」です。生物が誕生する前からグルコース、マンノース、フルクトースなどの単糖類は地球上に存在していたと考えられます。あるとき、それらが生命体にエネルギー源として取り入れられたのです。この外界からのエネルギーの取り込みを「食」と捉えると、この「食」という行為が、生命の進化の始まりだったのかもしれません。その後、生命体は進化する過程で生体内の糖を改変し、より使いやすい状態にしたり、結合させたりしていきました。このように、生物の進化に伴って糖も少しずつ進化してきたと考えると、糖進化の全体像を知ることで、生命の発生や生物の進化の過程を明らかにすることができます。
ある分野の全貌を明らかにする網羅的研究をオミックス研究といいますが、私たちの研究室で行っているのは「糖進化のオミックス研究=グライコミックス」です。糖の進化と糖鎖構造には密接な関わりがあるので、1つの種の進化過程での糖鎖構造の変化を知れば、進化と糖鎖構造との関係がわかります。糖鎖はあらゆる生物種の体内にあるので、植物プランクトンから、植物、昆虫、魚、哺乳類まで、さまざまな生命種の進化と糖鎖構造の変化の全体像をマップ化できれば、生命の発生と進化、環境適応の過程が解明できると考えています。
持続可能な食生産社会の実現にも貢献
こうした観点に立って、現在研究室で進めているのが「植物の糖鎖」の研究と「希少ミルクオリゴ糖の研究」です。
植物の糖鎖に関しては、今はアフガニスタンのコムギと日本の代表品種のコムギを比較して、その特徴と糖鎖の関係を調べています。アフガニスタンのコムギは乾燥などの厳しい環境に強いので、その糖鎖情報をグライコミックスのマップの中で見れば、植物が進化の過程で乾燥気候に順応するために利用した糖鎖群を特定することができます。この情報を応用することで、地球環境の急激な変化にも対応できる頑健性のある穀物生産、農産物生産を実現できます。
希少ミルクオリゴ糖については、哺乳類から得られる量の少ない希少なミルクオリゴ糖の構造解析を行っています。たとえは初産牛と経産牛でどれくらい希少なミルクオリゴ糖に違いがあるのかを調べたり、さまざまな哺乳動物から得られた希少なミルクオリゴ糖のサンプルを構造解析をしたりしています。これらを活用して両方の進化の関係を調べれば、ミルクオリゴ糖の機能が明らかになり、環境に低負荷で持続的なミルクオリゴ糖の活用方法を提案できるようになります。
私は、哺乳類の希少ミルクオリゴ糖と似た機能が植物の糖鎖にもあると考えており、植物の糖鎖が土壌中の菌や微生物に働きかけることで育ちやすい環境をつくっているのではないかと考えています。今後は、動物と植物の糖鎖の共通項を探し出し、植物の根圏環境を良くする糖鎖の構造を突き止めたいと思います。この構造を農産物生産に応用できれば、持続可能な食生産社会が実現できるはずです。
※食環境科学部は、2024年4月より、池袋・大宮へアクセスの良い朝霞キャンパス(埼玉県)に移転します。






