日本工業大学
応用化学科
生体分子化学研究室
Biomolecular Chemistry Lab. Department of Applied Chemistry,
Nippon Institute of Technology

抗がん剤をいかに細胞内に効率的に届けるか?
ドラッグデリバリーシステムを追求

日本では2人に1人ががんになると言われています。私たちは、抗がん剤を細胞内に運ぶ「ドラッグデリバリーシステム」(以下、DDS)の研究を重ねています。DDSは、薬を「必要なときに必要な量を必要な場所」に届ける技術です。私たちが普段服用する薬は細胞の表面に働きかけ、効果が期待できるものが多いですが、抗がん剤には細胞の中に入らないと効果が発揮できないものが少なくありません。しかし細胞には細胞膜というバリアがあります。このバリアを突破するのに必要な要素を検証し、細胞膜の通過を促す「運び屋」の開発を行っています。そのヒントとしてアスベスト(石綿)に注目しました。アスベストは細長い針状の結晶からできています。理由は不明ですが、細胞はアスベストのような細長く固い構造体を積極的に取り込み、取り込んだアスベストを分解しようとします。ですが分解できず、その結果として中皮腫というがんを発症します。このことにヒントを得て、細胞内で分解できるタンパク質でアスベストの構造を再現した「運び屋」が、細胞へのDDSに有効であり、安全性も高いと考えました。

※以前は広く一般的に使われていた材料。現在は中皮腫(がん)発症の危険性により使用禁止になっている。

優秀な「運び屋」は薬の投与量を下げ、副作用を抑制

これまでも世界中で細胞内DDSの研究が行われていますが、私たちの研究は予想以上の成果をもたらしました。これまでに開発された細胞内への「運び屋」の1000倍ほど効率よく細胞に届けることができる「運び屋」を創ることができたのです。がん細胞を使った実験でも、私たちが創製した「運び屋」を使い、抗がん剤の有効濃度を5分の1から10分の1に下げることが可能だという結果を得ています。このことは、抗がん剤の副作用を大きく抑えることができることを意味します。

私たちが創製した「運び屋」は、細長く固い構造体ですが、効率的な細胞内デリバリーに必要な細長さがどのくらいか詳細に調べました。最初に私たちが創った「運び屋」は、直径と長さの比が1:10のものでしたが、1:4.5まで小さくしても同じ効果が得られることが判明し、1:3.5ではこの効果がなくなりました。現在は、これらの結果を踏まえ、細長く固い「運び屋」が、効率よく細胞にデリバリーできる理由について、細胞表面の構造や細胞の取り込みメカニズムを中心に基礎研究を進めています。「どうして細胞によく入るのか」の解明に力を注ぎ、そこからヒントを得て次のステップに進みたいと考えています。このDDS技術が完成すれば、がん治療だけでなく、遺伝子治療や再生医療、ワクチン開発においても、多くの人の期待に応えられると信じています。その意味でも基礎研究は全てのベースになるので、こだわりをもって取り組んでいます。

経皮投与など、さまざまなデリバリー技術を開発

このほか、研究室では化粧品会社からの依頼を受けて、メーカーが開発した乳剤が促進する有効成分の肌への浸透性評価を行っています。日本工業大学には、入学して間もない頃から、授業だけでは物足りない学生が、本格的な研究に取り組める「カレッジマイスタープログラム」があります。この研究は、「カレッジマイスタープログラム」に参加している応用化学科の3年生が新しく立ち上げたものです。すでに良い結果が出ており、有効成分の物理化学的性質を指標にした肌への浸透性を予測できるようになってきました。現在、追加検証をおこなっており、来年(2021年)春を目処に論文にまとめる予定です。私たちの研究室では、化粧品の有効成分をターゲットにしていますが、この研究は肌から薬をデリバリーするDDS研究のひとつです。注射薬は、皆さんも大いにストレスに感じた経験があると思います。これが、塗り薬で済めばとても助かります。海外では、皮膚から薬を血管にデリバリーする研究が進んでいます。私たちも化粧品で学んだノウハウを経皮投与から血管へのデリバリーに活かすことを考えています。

ここで紹介しただけでなく、さまざまなDDSの研究開発が世界中で進められています。化粧品の有効成分の研究成果から、私たちは薬を届けるのではなく、留めるDDSの開発に取り組み始めています。ターゲットにしたのは、治療効果が低い皮膚がんです。抗がん剤を皮膚のがん組織に長時間留めることができる「運び屋」の開発を進めています。

最後に、私たちの研究室で取り組んでいる研究テーマはDDSに限りません。学生が挑戦してみたい研究テーマに積極的に取り組んでもらえる環境を作り、楽しく研究を実践できるよう努めています。

地道な基礎研究で生物の機能を分子レベルで明らかに。

精度の高いDDSが副作用の少ない理想的な治療を叶える。

抗がん剤デリバリー後の細胞内の効果測定を行う様子。
地道な基礎研究で生物の機能を分子レベルで明らかに。

精度の高いDDSが副作用の少ない理想的な治療を叶える。

抗がん剤デリバリー後の細胞内の効果測定を行う様子。
高校生に向けてのメッセージ Message
私は理系分野の合理的な思考に惹かれて、理学部生物学科に進みました。研究開発は、思うようにいかないときや想定外のことが起こったときの「どうしてだろう?」「どうなっているのだろう?」と考えるところが面白い。興味のあるテーマに向かい合い、研究の楽しさを実感してください。
日本工業大学 佐野 健一 教授
Profile
基幹工学部 応用化学科
佐野 健一 教授
1993年3月大阪市立大学理学部生物学科卒業。松下電器産業国際研究所リサーチアシスタント。理化学研究所播磨研究所研究員。財団法人癌研究会癌研究所JST研究員。理化学研究所基幹研究所副ユニットリーダー等を歴任。
1993年3月大阪市立大学理学部生物学科卒業。松下電器産業国際研究所リサーチアシスタント。理化学研究所播磨研究所研究員。財団法人癌研究会癌研究所JST研究員。理化学研究所基幹研究所副ユニットリーダー等を歴任。

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