ハイテク・リサーチ・センターの電子顕微鏡室で撮影画像を見ながら。

神奈川大学
理学部 生物科学科
植物細胞壁研究室
Plant Cell Wall Lab. Faculty of Science, Department of Biological Sciences,
Kanagawa University

植物が生きる仕組みを解明することが
地球上のあらゆる生物を知ることにつながる

現在、地球上には約30万種の植物が生息しており、陸上を緑で覆い、あらゆる生物が生息する環境を支えています。その植物の細胞に存在するのが細胞壁で、動物ならば骨や神経や血液や免疫細胞などが分担する機能を、植物では全て細胞壁が担っています。

植物細胞壁研究室の西谷和彦教授は40年以上にわたって植物生理学の研究に取り組み、今ほど細胞壁が注目されていなかった時代から研究に携わってきました。1992年には細胞壁の再編を担う酵素分子XTHを発見。XTHの働きのメカニズムを解明することで、植物の成長や発生の仕組みに迫り続けています。

翻って地球は45億年の歴史の中で、地球表面全体が凍結する「全球凍結」を何度か経験したという仮説があります。XTHの起源は約7億年前に遡ることができ、全球凍結の時期と重なります。西谷教授は海も陸も全て凍った過酷な環境で植物が生き抜いてきた要因のひとつが、XTHの祖先の働きにあると推測。それまで淡水の中でしか生息していなかった植物が約5億年前に陸上へ進出することを可能にしたシナリオを仮説にまとめ、2021年6月に発表しました。

酵素の研究から植物の陸上進出の要因を探る

植物はおよそ30億年前に地球に存在していた原核生物から進化したとされています。現在、地球上で繁栄している陸上植物は、淡水の中を泳いでいた単細胞の藻類に遡ります。この藻類が陸上の大気や土壌の環境に適応しながら多細胞へと進化し、細胞壁を持つようになって現在の多様な陸上植物へと広がっていったと考えられます。

進化の過程で、生物は親から子へ遺伝子を伝えるだけでなく、他の生物種から遺伝子を取り込むことがあり、これを「遺伝子の水平伝播」といいます。生物の長い進化の過程で遺伝子の水平伝播は頻繁に起きており、たんぱく質のアミノ酸を解析することで「いつ起きたのか」をかなり正確に推定することができます。そこでXTHの祖先を遡って調べたところ、約7億年前に起きた水平伝播で、アルファプロテオバクテリアという細菌が持つExoKという酵素がその起源であることがわかりました。

約7億年前の地球は「全球凍結」の時代でした。では、その頃、植物の祖先はどこに生息していたのでしょうか? 大部分は氷の下にいたと考えられますが、そもそも植物は太陽光を浴びて光合成をしないと生きていけません。そのため、私は氷の上にもバクテリアがバイオフィルムを作ってくっつき、生存し続けたのではないかと考えました。バイオフィルムとは、日常生活の中で花瓶の内側やキッチンの流し台などで見られるぬるぬるとした粘着物のことで、その正体は細菌が自らのコロニー(菌の塊)を創り出し、水などで流されないようにするために粘着質の集合体になったもの。ExoKはそのバイオフィルムをつくるときに必須の酵素なのです。

つまり、約7億年前にExoKを獲得した陸上植物の祖先が、バイオフィルムを創り出して氷の上で生き抜いたことが約5億年前の植物の陸上進出の要因のひとつになったこと。その間、徐々にExoKをXTHへと進化させて細胞壁をつくるようになったことが、現在の陸上植物の繁栄へとつながったのではないかとの推論をまとめ、国際的な学術誌に発表しました。

面白い研究テーマが尽きない植物の世界

細胞壁研究の一環としてネナシカズラという寄生植物についても、当研究室の院生が中心になり研究を進めています。ネナシカズラは他の植物にくるっと巻き付き、吸器という器官を伸ばして寄生し、寄生後は自らの根は枯れてしまいます。そのとき、ネナシカズラは細胞壁を通して他の植物の細胞壁を認識していると考えられ、細胞壁の情報処理機能を研究する上でも、とても興味深い植物です。「根がない」ということは「行動を制約されない」ことにもつながり、ひょっとしたら遠い未来、植物は風に乗って鳥のように飛ぶ習性を身につけるのではないか。植物が陸上に進出したような一大イベントが起きるのではないか、など興味が尽きません。このように研究テーマが目移りするぐらいあり、しかもそれが私たち人間にまで及ぶ可能性があることが植物を研究する醍醐味。この面白さをひとりでも多くの学生さんに知っていただきたいです。

遺伝子組み換え植物順化・育成装置で実験植物を育成。


約5億年前、最初に陸上化したといわれるゼニゴケを観察中。 

遺伝子組み換え植物順化・育成装置で実験植物を育成。


約5億年前、最初に陸上化したといわれるゼニゴケを観察中。 

高校生に向けてのメッセージ Message
大学での生物の勉強は、「すでにわかっている生物の仕組みを理解し、覚える」高校の「生物」とは全く別のものです。生物科学科では未知の生命現象を対象とします。そのために必要なものは、未知の事象を「面白い」と感じる好奇心です。研究の動機は「面白いから」で充分。研究を通じて考える力を養ってください。

Profile
理学部 生物科学科
西谷 和彦 教授
1981年大阪市立大学大学院理学研究科生物学専攻博士課程修了。理学博士。鹿児島大学講師・助教、東北大学教授などを経て、2019年より神奈川大学理学部生物科学科教授。2019年度日本植物学会賞「学術賞」を受賞。専門は、植物生理学、植物細胞壁生物学。
1981年大阪市立大学大学院理学研究科生物学専攻博士課程修了。理学博士。鹿児島大学講師・助教、東北大学教授などを経て、2019年より神奈川大学理学部生物科学科教授。2019年度日本植物学会賞「学術賞」を受賞。専門は、植物生理学、植物細胞壁生物学。

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